ブログ 2010年12月アーカイブ

生物部からのおすそ分け

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Dscn23801      生物部の中学生が、銅像山の總一郎翁の銅像の裏で栽培している小さな畑からの収穫物を「先生、どうぞ」と持ってきてくれました。以前届けてくれた枝豆とオクラも本当に美味しかったのですが、今回は「唐薯(からいも)」の一種とのこと。私には初めて見る根菜です。俗に言う、唐薯=さつま芋とは異なり、見た目は根生姜のような形・色合い(泥を落としてきれいに洗ってくれていました)で、生物部の生徒のレクチャーでは、「芋というより牛蒡みたいです。細かく切ってバター炒めが美味しいです」とのこと。ありがとう。感謝します。早速、家で調理していただきます。

定期考査今昔・2

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  12月14日(火)に期末考査も終わり、採点整理日を一日挟んで、16日(木)、17日(金)は考査講評(期末テストの解説・返却)でありました。生徒諸君はテストの点に一喜一憂しながらも、22日(水)の終業式までは試験休み。そしてその後に来る冬休みを前に、伸び伸びとした時間を過ごしていることと思います。

 さて、先回の学校における印刷機の進歩についての文章の続きを書きます。

 私が就職して間もなく、さすがに一枚一枚手刷りの謄写版印刷はすぐなくなり、電動で輪転機を回す印刷機に変わりました。印刷スピードは格段に速くなり、事務の担当者に委託するのではなく、教員個人個人が自分で印刷を担当。しかし、この印刷機も先回書いた蝋原紙をドラムに貼り付ける形で、やすりの上で蝋原紙に鉄筆をカリカリと走らせる原紙作りは変わりませんでしたから、テストの枚数はまだまだ1?2枚まで。しかも、500枚を超すと原紙がもたずに、特に罫線部分が破れてしまい、それ以上の印刷は不可能にという状態でありました。

 その後、原紙作りの機械による進歩が訪れます。

 まず、印刷機のドラムに巻き付ける専用の原紙が作られ、そこに紙に手書きしたものや本のコピーを焼き付ける機械が導入されました。左右が仕切られた長いドラムがあり、左に原稿、右に専用の原紙を巻き付け、スイッチを入れるとドラムが高速で回転し、ビニールが焼け焦げるような臭いと共に原稿の文字が少しずつ原紙に焼き付けられていくのです。つまり、今までやすりと鉄筆でやっていた蝋原紙への原稿書きを機械がやってくれるわけです。右のドラムの原紙に原稿が焼き付けられるとドラムの回転は止まり、原紙をはずして、その裏に付いている黒いフィルムをはがしたのを今度は電動印刷機のドラムに巻き付けて印刷をするのです。以前に比べたら格段に便利になりましたが、まだ鮮明度が低く、原稿が薄い鉛筆書きや色鉛筆だとうまく転写されず、社会や理科の図版の写真は真っ黒になってしまいましたし、印刷機のドラムに焼き付けた原紙を巻くのは人的作業でしたから、私のように手先が不器用な者は、うまくいかずにシワがよってしまい原紙をダメにして、また原紙の焼き直しにということもあったのです。この機械による原紙作りの時代はしばらく続きました。

 そして、昭和も終わる頃・・・、年賀状印刷で大評判になった「プリントごっこ」を開発した理想科学による新しい印刷機が学校に導入されることになったのです。原稿読み取りと印刷を同時に行うという画期的なもので、原稿は手書き、活字コピー何でもよく、最初はファックス式に原稿を吸い込んで内蔵された原紙に焼き付け、自動で印刷機のドラムに巻き付けて印刷をする形でしたが、その後、原稿はコピーと同じに板を上げたガラス面に置くだけという現在の形まで進歩しました。印刷速度も、原稿の耐久性も数段良くなり、テストの枚数はどんどん増えていきました。

 そして何より、印刷機の技術の進歩と並行して、原稿書きもワープロに代わり、これは、まずシャープの「書院」が、タッチペン方式をすぐに止めてキイボード入力のデスクトップ型を発売した頃から、学内ではほんの2?3年でほとんどの教員がワープロで原稿を打ち出しました。その後はパソコンの導入。パソコンのワープロソフト(ワード、一太郎)が当たり前になり、今では教員に一人1台のノートパソコンが机上に。こうした機械の進歩は文書の保存方法も変えました。昔は印刷した紙をそのままファイルしていたのですが、やがて、FD、CD-ROM、USB・・・と、今、昔を振り返りながら、その余りの進歩、変わりように驚きながら、いささか感無量でもあります。我々も生徒も字を書かなくなった、字がきたないまま訓練がなされず、漢字を覚えなくなった、さらにはメールが当たり前になり、手書きの手紙を書くこともまれになった・・・という困惑もあるのですが、それはまた別のお話。

 ということで、生徒諸君には不幸なことに、テストの枚数は年々増えていったという次第。もっともそれだけ十分な情報量と学習内容になっているわけですがら、嘆くことなくしっかり学習してくれることを願っています。

 いよいよ冬休み。まだ3学期を残していますが、年が変われば、新しい年度の年になります。3学期は上級学年への心構えを固める時です。新学期への準備の時です。生徒諸君には、心静かに今年を振り返り、己を見つめて、心新たに新しい年、平成23(2011)年を迎えてほしいと願っています。いい冬休みを。

校内巡視&パン試食会を行いました!!!

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 厚生部では生徒の学習環境改善のため、様々な活動をしています。
10月には校内巡視を行い、危険箇所及び補修が必要と思われる箇所を点検して回りました。
 又、12月には校内で販売しているパンの試食会を実施しました。20種類以上あるパンを味、価格、栄養価の観点から感想をまとめました。
 これで主な活動は終わりましたが、部員一同どの行事も協力し合って楽しく行うことができました。感謝!!(厚生部)
                                                                                                   

定期考査今昔・1

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 二学期期末考査真っ只中です。学期の終わりというより、年の変わり目、平成22(2010)年も間もなく終わり、寅は去って兎の年を迎えますから、生徒諸君も一つの区切りとして、平素とは違った気持ちで真剣に試験に臨んでくれているのではないかと思っています。

 私が浅野学園に奉職した当時(昭和48年)、テスト問題の印刷は、教員各先生が蝋原紙をヤスリの上に置いて鉄筆で書いたものを、試験日時のかなり前に事務の印刷担当者に預け、その人が謄写版印刷機に貼り付け一枚一枚ローラーを転がして印刷し、クラスごとに丸めて教員に渡すという、とてつもなく大変な作業でした。そして、ヤスリ上の蝋原紙に鉄筆で字を刻むのは慣れていないと結構大変で、書き間違いは、以前はその箇所に蝋燭の蝋を塗りつけてその上に正しい字を書くわけですが、当時は、蝋燭など使わずに専用のヨードチンキみたいな色の修正液を薄く塗って直しましたし、また鉄筆は尖っていますから、筆圧が強すぎると破れてもうだめ、一から書き直しをしなくてはいけません。私は国語科ですから長い文章を書かねばならず、文字数の少ないテストで済む数学科の先生を本当に羨ましいと思ったものでした。また、最後に解答用紙を付けるのですが、鉄筆で線を引く時は字を書く時より破れ易く、そこで破いてしまうと、文章部分を含めて全部書き直しというはめに。

 そんな印刷事情ですから、どの先生も問題用紙は1枚で、同じ用紙に解答も書き込むようにしていました。当然、問題数は少なくなるわけで、試験範囲に比べて出題量はわずかですから、試験が始まって20分が経ったら、答案用紙を伏せて机の上に置いて、教室を出て次の試験の勉強をしていてよろしいという決まりがあったのです。おおらかな時代でありました。各教科とも問題用紙が2?3枚(多い時は5?6枚)で、試験時間一杯使っても終わらない場合もあるといった今の生徒諸君からすれば夢のような話でしょうが、これには言うまでもなく、印刷機そのものの進歩に加え、手書きではなく活字を印字できるワープロ専用機からパソコンへという技術の発達が大いに与っているわけです。

 そうした機器の進歩、発達は学校教育のもう一つの歴史でもあります。それぞれの時代の機械を残しておいて展示でもできていたならばという感慨がありますが、すべて廃棄されて現物はないのが残念でなりません。

 謄写版の話だけになりましたが、そのあとの印刷事情は次の回に。

指名委員会発足しました!

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2_9 12月4日()、第4回常任委員会が講堂にて開催され、保護者9名、教職員2名合わせて11名の平成23年度役員候補者指名委員のご承認をいただき、指名委員会が発足いたしました。

PTAの年間行事も残りわずかとなりました。今年度の活動を振り返り、さらにPTA活動を楽しく充実したものになるように、次年度の準備をしてまいります。お声がかかった方は、ぜひご縁だとけ取っていただけると幸いです。(役員)