ブログ 定期考査今昔・1

定期考査今昔・1

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 二学期期末考査真っ只中です。学期の終わりというより、年の変わり目、平成22(2010)年も間もなく終わり、寅は去って兎の年を迎えますから、生徒諸君も一つの区切りとして、平素とは違った気持ちで真剣に試験に臨んでくれているのではないかと思っています。

 私が浅野学園に奉職した当時(昭和48年)、テスト問題の印刷は、教員各先生が蝋原紙をヤスリの上に置いて鉄筆で書いたものを、試験日時のかなり前に事務の印刷担当者に預け、その人が謄写版印刷機に貼り付け一枚一枚ローラーを転がして印刷し、クラスごとに丸めて教員に渡すという、とてつもなく大変な作業でした。そして、ヤスリ上の蝋原紙に鉄筆で字を刻むのは慣れていないと結構大変で、書き間違いは、以前はその箇所に蝋燭の蝋を塗りつけてその上に正しい字を書くわけですが、当時は、蝋燭など使わずに専用のヨードチンキみたいな色の修正液を薄く塗って直しましたし、また鉄筆は尖っていますから、筆圧が強すぎると破れてもうだめ、一から書き直しをしなくてはいけません。私は国語科ですから長い文章を書かねばならず、文字数の少ないテストで済む数学科の先生を本当に羨ましいと思ったものでした。また、最後に解答用紙を付けるのですが、鉄筆で線を引く時は字を書く時より破れ易く、そこで破いてしまうと、文章部分を含めて全部書き直しというはめに。

 そんな印刷事情ですから、どの先生も問題用紙は1枚で、同じ用紙に解答も書き込むようにしていました。当然、問題数は少なくなるわけで、試験範囲に比べて出題量はわずかですから、試験が始まって20分が経ったら、答案用紙を伏せて机の上に置いて、教室を出て次の試験の勉強をしていてよろしいという決まりがあったのです。おおらかな時代でありました。各教科とも問題用紙が2?3枚(多い時は5?6枚)で、試験時間一杯使っても終わらない場合もあるといった今の生徒諸君からすれば夢のような話でしょうが、これには言うまでもなく、印刷機そのものの進歩に加え、手書きではなく活字を印字できるワープロ専用機からパソコンへという技術の発達が大いに与っているわけです。

 そうした機器の進歩、発達は学校教育のもう一つの歴史でもあります。それぞれの時代の機械を残しておいて展示でもできていたならばという感慨がありますが、すべて廃棄されて現物はないのが残念でなりません。

 謄写版の話だけになりましたが、そのあとの印刷事情は次の回に。