ブログ 〈創立記念日〉へ向けての放送朝礼

〈創立記念日〉へ向けての放送朝礼

Posted on

 おはようございます。明後日の日曜日は、大正9(1920)年1月20日に本校が綜合中学校として設立を認可されてから93回目の創立記念日となります。そこで今朝は、上級生の諸君には繰り返しになりますが、創立者の浅野總一郎翁や学園の来し方についてお話しし、創立記念日を迎えるにあたっての放送朝礼としたいと思います。そして、毎年巡ってくるこの創立記念日ぐらいはせめて、学園の創立者・浅野翁の事跡や、やがて1世紀になんなんとする学園の歴史についてぜひ静かに思いを巡らせてほしい。そうすることは、いまこの学園で学び、部活や学校行事に打ち込む君たちの存在の意味、即ち、浅野生としての諸君のアイデンティティを模索することに他ならないと思うからです。そして、これは私立の学校として当たり前のことですが、近い将来には、新入生のオリエンテーションの中で、創立者や初代学校長の掲げた「建学の精神」や、これまで多くの先生、卒業生が築いてきた学園の歴史を生徒諸君に伝えることをぜひ行わなくてはと考えています。
 今日は、創立者・浅野總一郎翁が行った事跡の詳細については改めて繰り返しません。たまには晴れた日にでも銅像山に登り、あるいは部活のランニングのひと時に足を止めて、銅像の台座を囲む銘板を読むなり、図書館にある記念誌やインターネットで調べるなりしてください。
 以下、「總一郎」として敬称は略します。

 總一郎は金儲けといった卑小な目的ではなく、とにかく事業を起こすのが好きでならなかったようで、稼いだ金はすべて次の事業に注ぎ込み、多岐にわたる事業に手を広げ、今日のわが国の名だたる一流企業の礎を築きました。その事業の中心はセメント業と海運業と埋立業ですが、その他、手出しをしなかったのは砂糖業と紡績業くらいであると言われたほどです。そして驚くべきことに、江戸時代の終わりから明治にかけて、早くも遠く世界や日本の近代化に目を向けていたこと、今日言うところのグローバルな視点の大きさ、確かさと行動力には驚かされます。思うに總一郎は、理屈や権謀術数とは無縁の「行動の人」「実行の人」でした。しかし、その多くは人のやらなかったことへの、いわば時代の先頭に立っての新しい事業への挑戦でしたから、試行錯誤の果ての失敗や挫折も多くありました。東京・横浜に出てくる前の富山時代はむしろ失敗の連続と言ってもいい。しかし總一郎は持ち前の行動力によって、あるいは遠くの目標を見る目を失わないことによって、何度も難局を乗り越えて事業を成し遂げていったのです。その總一郎が、晩年に行き着いたのは、つまり、物作り・時代作りの果てに到達したのは、唯一〈人作り〉という一地点でありました。それが、大正9(1920)年に創立された我が浅野学園であり、總一郎の生き方がそのまま学園の校訓「九転十起」となったわけであります。
 学園創立にあたって總一郎がまずしたことは、絶大な信頼を寄せて同志社大学から招いた水崎基一先生(遅刻坂を登りきったところにある黒い胸像)をアメリカに派遣して自分が目指す学校のモデル校とした実学中心のゲーリーシステムの視察でありました。そしてその後は、總一郎は創立の趣旨や教育についての自分の意見をまったくといっていいほど残していません。あとは初代校長・水崎先生を信頼して全てを任せました。金は出すが口は出さない。理屈ではない「行動の人」の面目躍如といったところです。一方、水崎先生は格調高い文語文で「建学の趣意書」を一冊の本として残していますが、その要点は〈人作り〉の大切さ、人と人とのつながりの大切さという、今日、本校が伝える教育理念がそのまま書かれています。そして、水崎先生は敬虔なクリスチャンで、教育に必要なことは「愛」であると強調しています。ここに「愛と和」というもう一つの校訓が生まれたわけです。
 この總一郎翁の創立以来93年――。学園90年の歴史を3等分して俯瞰してみると、最初の30年は関東大震災、戦災に遭うという多難な時代、次の30年は校舎の建築から始まって独自の授業形態や学校行事を整えるという、復興と併せての土台造りの時代でした。そして次の30年、1980年代から今日までは大学進学体制を整えることに力を入れ、文武両道――部活や学校行事を大切にしながらの進学校としての今日があります。
 そして今、学園は創立100周年をめざしつつ、新たな学校の姿を作り上げてゆかねばなりません。その皮切りとして、諸君にはすでにお伝えしてあるとおり、学園は創立95周年竣工をめざして体育館・図書館の建築を始めます。また、そうした校舎施設の充実を図ることと併せて、浅野をさらに魅力ある学校に高めてゆかねばなりません。我々教職員も学校をあげてその努力をしていきますが、その中心となるのは言うまでもなく生徒諸君、君たちです。諸君は、6/93を浅野で過ごした高校三年生をはじめとして、高校二年生から中学1年生まで、6/94、6/95、6/97、6/98、6/99と、学園の一人として浅野の歴史を作ってくれている一員であります。常に浅野生としての誇りを持って今後の学校作りに主体的に関わってください。そのためにも、温故知新――93年の学園の歴史を支えてくれた多くの先生方、先輩諸兄の努力と功績に敬意を忘れることなく、總一郎翁が示した「強さ・逞しさ」と水崎先生が願った「優しさ・思いやり」を持った「いい男」「いいヤツ」になってくれることを心から願っています。

   
 一昨年3月11日の東日本大震災の復興もいまだし、政権が変ったとはいえ、内政にしても外交にしても先行きの見えない政治の混迷のとき、将来の浅野だけではなく、将来の日本の国を支える世界的な視野を持つ真のリーダーであらんことを諸君にお願いして、創立記念日へ向けての朝礼といたします。

平成25.1.18(金)