ブログ 平成25年度第二学期終業式式辞

平成25年度第二学期終業式式辞

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おはようございます。今回も放送による終業式の式辞になりますが、しばらく耳を傾けてください。

一年間を振り返ると、平成25(2013)年は、永年念願であった新体育館と図書館の建築が始まった年として、また、打越祭第一部文化祭が台風のために一日しか開催できなかった年として記憶される年になりましたが、それもあと10日ほどを残すばかりで年も押し詰まりました。

「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」(高浜虚子)という俳句がありますが、一般的な解釈では、この句は、飾りのないぶっきらぼうで単純な比喩表現を使いながら、年が変わり新しい年を迎えようと、自分の中に動かぬ「太い棒のような」強い信念、心の芯を持ち続けて強く生きよう、生きたいという作者の思いを表出した句ということになります。しかし、その変わらぬ信念の大切さはそれとして、やはり新年を迎えることは気持ちの中仕切りとして、心の中に太い1本の線を引きたい思いがします。年を越すとは、年が改まることであり、それと同時に心が改まる時であります。心を改めなくてはいけません。

そこで君たちへのお願いです。君たちも正月には初詣に出かけて願をかけることが多いと思いますが、そうした一時的な気休めの信仰で終わるのではなく、自分との約束事として、反省をふまえて、勉強のこと、生活面のこと、やりたいこと、改めたいこと等々、年頭の誓いを立ててほしいのです。私の小学校の時の担任の先生の言葉が思い出されます。「神社にお参りするのもいいけど、新年になったら元旦に、自分の手のひらに、この一年に自分のやりたいこと、直したいことを指文字で書いて舐めろ。そうして呑み込んだものは腹の中に一年間いつまでも残って、自分の生活の目標としていつでも思い出すはずだ」。――君たちもぜひやってみてください。神にではなく自分への誓いということです。

来年は、私たち教員が君たちを「育てる」(他動詞)、君たちが「育てられる」(受動態)というのではなく、何より君たち自身が自覚的に「育つ」(自動詞)一年であってほしいと願っています。受け身の生き方はやめてください。そして、私の君たちへのお願い、スマホやケータイのマナー遵守(登下校時の無為な使用はやめよう)、挨拶の励行は来年も続けます。心してください。

来年、平成26(2014)年は体育館・図書館が建ち上がりますし、校舎の一部改装も成るはずで、いわば改革の年になります。どうか協力をお願いします。そして、年が改まって三学期を迎えるのはもちろんですが、新しい学年に変わる年でもあります。残りの3か月は新学年への心の準備期間として臨まなくてはなりません。最後に、高三生諸君は、1月18日(土)・19(日)のセンター試験を皮切りにいよいよ入試本番を迎えます。体に気をつけて頑張ってください。

諸君、いい冬休みを。

(平成25年12月20日)