ブログ 教養講座「映画『ベッカムに恋して』を読み解く」

教養講座「映画『ベッカムに恋して』を読み解く」

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 2016年2月9日、中1から高2までの希望者を対象として、『ベッカムに恋して』(原題Bend it like Beckham、グリンダ・チャーダ監督、2002年)というイギリス映画を題材にした教養講座を実施しました。以下では講座の内容、生徒の感想などを記します。

 まず映画のあらすじを紹介します。主人公ジェスは、ロンドン郊外に住むインド人で、ベッカムに憧れるサッカー少女。しかし、親はそれに反発し、料理の得意な「女性らしい」女性になってほしいと考えています。しかも、インド人コミュニティ(イギリス全体のインド系人口は2%ほどですが、本作の舞台となったハウンズロー区では18%を超えます。ただし、本作の主人公はヒンドゥー教徒ではなく、シク教徒)に暮らしていて、インド人男性とお見合い結婚する慣習があります。親との衝突を経験しつつも、ジェスはサッカーに恋に、自分らしく生きようとする、というストーリーです。

 さて、本作は以下の2つのイギリス映画と対比されます。まず、イギリスにおけるエスニック・マイノリティの社会に生きる親子の世代間ギャップが描かれるという点で『ぼくの国、パパの国』(原題East is East、ダミアン・オドネル監督、1999年)。ただしこちらは、イスラーム教徒のパキスタン人の話。一家のパパは、慣習にしたがってイギリスのパキスタン人コミュニティから息子のお見合い相手を連れてきますが、これが騒動の原因となります。

 それから、ジェンダー(男らしさ、女らしさ)の伝統的規範から生じる問題が描かれる点で『リトル・ダンサー』(原題Billy Elliot、スティーブン・ダルドリー監督、2000年)。主人公の少年ビリー・エリオットは、初めボクシングをやっていたのですが、バレエの楽しさにめざめ、ジェスのように親から反対されてしまいます。そんなのは女々しいと。もしこの少年がサッカーに夢中なら、そういう展開にはならなかったでしょう。そこからたどる展開は、親がわが子のやりたいことをしだいに認めていくという点で本作と似ています。

 翻って本作のジェスの立ち位置を考えると、インド人コミュニティの規範と、「女性らしく」あるべきというジェンダーの規範によって二重に制約を受けていることがわかります。というと小難しいですが、結局のところ、親は子にとっていつまでも親でありたい、助けたいという親心が、自立しようとする子の気持ちと衝突することがありうる、という普遍的な問題が描かれているのだと思います。

 移民社会に関する生徒の感想としては、「多くの人が移住してきている現在の日本社会における外国人との付き合い方について考えさせられた」、「文化や宗教が違うと誤解が生じやすいということが描かれていたので、異なるコミュニティに属する人をしっかりと理解することが重要なことだと感じた」といったものがありました。外国の話を鏡として日本のことを考える、自分の問題に引きつけて考える、という視点がいいですね。ちなみに、イギリスに限らず、現在の在外インド人の問題は、そもそもなぜインド人が世界中に移住したのか、という重要な歴史的問いをともないます。大規模な移民が生じた背景としては、19世紀に生じたイギリス植民地における労働需要の問題があり、さらには第二次世界大戦後のイギリスやアメリカにおける労働需要の問題もあります。本作の歴史的背景にあるのは主に後者ですが、前者の歴史的背景も重要で、大学受験における世界史の論述テーマにもなります。

 それから、この映画で「女性らしさ」のシンボルとされている料理にも注目して、生徒にちょっとしたインド料理の試食と香辛料の体験をしてもらいました。具体的には、チャパティ、インドカレー、グラブジャムンです。カレーはインドのギッツ社のレトルトカレーを使用しました(インドでは、宗教上の理由で牛肉や豚肉が避けられるため、今回に関してもじゃがいもと豆のカレーを選びました)。チャパティは南アジア中心に食される平らな無発酵パンのことで、グラブジャムンはインドのスイーツです。俗に「世界一甘い菓子」といわれます。チャパティはおおむね好評でしたが、香辛料のきいたインドカレーは酸味もあり、好き嫌いがわかれたようです(酸味の一番の理由はドライマンゴーパウダーという香辛料でした)。

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 グラブジャムンは、ドーナツのシロップ漬けといった菓子ですが、生徒いわく「甘い。これを何個も食べるのは絶対無理。1つで満足だった」とのことでした。ただ、インドの食文化において甘い菓子は重要です。インド人が辛いカレーばかり食べているというイメージは間違いで、甘いものも食卓にのぼります。料理に砂糖をあまり使わないので、砂糖たっぷりのデザートがあっても栄養バランスが保たれます。逆に、たとえば日本人の食事はデザートでなくても砂糖を使っているので(辛口のカレールーにも)、本来食後に砂糖を多用した菓子を食べる習慣がないというのは、食文化の違いや栄養バランスの上からも首肯できます。それにしても、料理という点でカルチャー・ショックを受けた生徒が多くいたようですが、今後インドを語る上で有意義な経験になったと思います。

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 加えて、香辛料についても本物を体感してもらおうと思い、できるだけ粉末状にする前のもの(パウダースパイスに対して、ホールスパイスといいます)を色々と用意しました(黒胡椒、シナモン、ナツメグ、クローブ、カルダモン、クミン、コリアンダー、フェンネル、マスタードなど)。粉末のターメリック(ウコン)はカレーの黄色のもとになっていますが、結婚式の際、お清めの意味で新郎新婦の顔や腕に塗るペーストの原料としても使われます(本作でもその場面が登場します)。また、胡椒、シナモン、ナツメグ、クローブなどは、世界史の「大航海時代」の授業でも登場する国際商品です。ヨーロッパ人にとっての新航路を開拓した航海士たちは、香辛料を持ち帰って莫大な利益を得ました。今回用意した黒胡椒は、胡椒の原産地でもあるインドのマラバル海岸で産出したものでした。かのポルトガル人航海士ヴァスコ・ダ・ガマが、喜望峰まわりで1498年に到達したのがマラバル海岸のカリカットです。

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 映画の読み解きということに関して、移民社会とエスニック・マイノリティ、ジェンダー、インド料理などにふれてきましたが、本作ではさらにシク教徒の挨拶やターバン、民俗衣装サリー、ロンドンの街並みなどもよく描写されています。とはいえ、一人で映画をみていても、気にもとめずに流してしまうことは多いものです。たとえば、主人公のジェスたちがロンドン中心部のピカデリーサーカスの電光掲示板の前を歩くシーンがあるのですが、ここは言わずと知れた有名スポット。『ブリジット・ジョーンズの日記』や『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』などのイギリス映画にもさりげなく出てきます。知らないと見逃してしまう、だけど知っていれば、さらに楽しめるシーンがある、ということの例ですね。

 もちろんこのようなことは、映画鑑賞に限った話ではありません。ふだんの学校生活だけでは学べない、気づかないかもしれないけれど、実は人生に新しいわくわく感をもたらしてくれる何かが、きっとまだまだあるはずです。教養講座は、これからもそれらを見つける手助けをしていきます。

(文責:教養講座担当)